そして、更にながーいながーい暗黒は始まった。唐突に現在、解説でございます。

2013年4月15日 私は一つの決意を持って日本を出た。

「もう日本にはいたくない」

その年の正月、私はほぼ不眠不休でFXをやっていた。。

1週間の間三十分ごとに寝たり起きたりを繰り返し、必死でチャートに食いついていた。

耐えろ耐えれば、なんとか先に進める。。

そして、その素晴らしい努力の甲斐あって、3千円儲けることに成功した。

「もういい、よくやった、、もう辞めよう」

1991年夏、18の時に初めてバリに降り立った。いわゆる個人自由旅行の初経験である。

英語も喋れず何もなかったロンボクにも行った。

今はもうない3頭だての馬車を見た(夢か現か??)

そして、その頃から漠然と描いていた東南アジアで商売する事を実現させようと

多少遅すぎた感はあるが動くことに決めた。

しかし、すでに商売する方法論はネットに沢山出ていた。

それ以前に何年も前から折をみては書籍、ジェトロなどで調べてもいた。

結果「不可能」という結論はずっと出ていた。。

単純に資金力の問題である。他の東南アジアの国々に比べてもインドネシア起業は

極めて難しい。この国は全く開国していない。そしてそれは今も同じ状況である。

失敗してもいい、結果財産を失ってもかわまないと思った。

とりあえず突撃して切り口を見つけよう。

私は日本では20年近く自営業をしていた、根性なしトレーダーだけどfxで食べてた時もある。

その間1年に1、2回、1から2ヶ月各地をバックパック旅行をしてきた。

18年ぐらい前にとある島にたどり着いた。

ギリアイル(水小島)である。ここでは多くの出会いに恵まれ、10回以上訪れた。

旅行者としての最後の方はほぼこの島だけに1ヶ月以上いてそのまま日本に帰るだけだった。

2011年には契約でバンガロー一件建ててみた。

商売するならここしかないとずっと思ってた。

そして、とりあえず先見としてノービザで2ヶ月滞在したのが、2013年4月〜である。

今のfacebookからの転載はその時のものである。

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